日本脱出計画1

 そんなに日本が嫌なら出ていけば?

 今、日本がひどいことになっている。こんな国になるとは思っていなかった。あー。別に先進国こそがいいとは思わないけれど、どこかでこの日本を、あの戦後の混乱期、大変な時期を乗り越えて経済大国にして豊かな(少なくとも物質的には)日本を創ってきた先人たちに敬意も表したいし、日本人としての自負もあった。けれどいつしか他国に抜かれ、収入などは低いほうになってしまった。賃金が上がっていないらしい。自分が公務員だったからか、生活水準の下落をあまり実感できなかったのかもしれない。しかし、退職金の下落や年金の減少と給付開始時期の延長ー給付の出し惜しみーを見るとこの国の凋落ぶりがまざまざと実感できる。さらにこのコロナ対策のまずさ。このままではこの政府に命をとられる。まずいぞ。

 僕がドイツ語を始めたのは今から2年半ほど前、つま2018年の12月頃だった。58歳と8カ月ぐらいの時。定年まであと1年と3カ月のあたり。結果的には定年を1年残して退職することにしたのだが。そもそも定年を間近に控えて意識し始めた数年前、「何かライフワークを見つけられるといいなあ」とぼんやり考えていた。その時は「形」のあるものをイメージしていた、と思う。小説や評論のようなものをまとめて本にする、とか、絵を描く、漫画を創作する、など。そんな時に出会ったのが「外国語を始める」というものだった。ライフワークという概念から言うと「母国語のように操れる言語を何かひとつ習得する」というものだ。日本にいる外国人で日本語を母国語のように話せる人々が大変多いように感じていた。日本語は決して易しい言語ではないと認識していたので、いつもすごいなあと感心していたものだ。中高大と10年間英語をやっていて、他の教科に比べれば得意だったはずの英語もたいしてしゃべれない自分としては羨ましくもあり、およそ自分がその域に到達できるとはおよそ思えない。しかしだからこそ挑戦しがいがある、とも言えるのだ。そうかその手があった!何も形あるものばかりがライフワークでなくてもよいのだ。俄然やる気が出てきた!

 ちょうどそんなことを思っていた時だったと思う。『針と糸』という本に出会ったのは。著者」は小川糸氏。新聞の連載コラムでは時々読んでいたところ、別の機会にこの本が紹介されているのを見たのだと思う。今はよく覚えていない。もともと彼女はバルト三国の一つラトビアに住み、その紹介を本の中でしていたのだが、ドイツの話もよく出てきて、ドイツの労働や生活の実態が綴られていた。そしてここが自分の心理分析をしていて面白い、と思う点なのだが、僕はもともとドイツは好きな部類の国ではなかった。あのヒトラーナチスを生み、ホロコーストユダヤ人、ポーランド人、ロマと呼ばれる人々、障がい者等の抹殺を行って、純血ドイツ人の国を作ろうとした国、という認識であった。あのヒトラーという狂人が中心になってやったこととは言え、ドイツ人気質とは無関係ではない、と感じていた。事実、職業柄調べた文献にもそういう分析がなされていた。学生時代の第二外国語もドイツ語ではなく、フランス語を選択した(実は僕は仏文科卒だ)。

 しかし小川氏の記述はそのような印象を別の印象に鮮やかに塗り替えた。戦後の日本とは異なり、過去に向き合う姿勢が毅然としており、本当の民主主義国家への道を進んでいる、と感じる。メルケル首相は現在世界で最も信頼されているリーダーだ。ドイツのことを調べるにつれてドイツへの憧れが募ってきた。もちろん弱点も少なからず存在するし、日本のほうが優れているものも少なくない。それはどの国の対比でも起こることだ。要は何を選び、優先するか、何を最も重視するか、ということになる。

 かくして、僕の脱出先は第一希望、ドイツ、となった。あとはその準備である。