国とはなんだろう

 この日本という国が今は嫌いだ。既に書いたが、もともとこの国がそんなに好きなわけではなかったので先の表現はあまり正確ではないかもしれない。ただ、たまたまとは言え、この国に生を受けて今までこの国に住ませてもらった、という恩義はある。さらに言えば「日本が嫌い」「日本人が嫌い」と言う時、それは具体的に何を指しているのだろう。

 例えば「中国が嫌い」と言った場合、それは僕にとっては「中国人がすべて嫌い」「中国人を見れば誰であろうと不快になる」ということを意味しない。むしろ中国人に対して敬意を払うべき点が多々あることを充分に理解しているつもりだ。ただ今の中国という「国」、もっと言えば「中国という国のあり方」は好きではない。というより怖い。北京や上海周辺、香港(当時はイギリス領だった)にも旅行で足を運んだこともあるが、今は行きたくない。でも旅先で出会った中国の人々はだいたいにおいて親切で友好的であった。

 翻って日本についてはどうか。「日本」は嫌いだが「日本人」はまた「別」か?対象が身近になれば簡単には言いづらい部分があるが・・・。個々人については当然のことながら横へ置いておくとして、「総じて」言えば、好きではない。好きではなくなった。いや、これも日本という国と同様でもともとそんなに好きなわけではなかった。自分も日本人なので全否定はできないし、はっきり嫌いとも言いづらい。しかしでは好きだったかというとそうではなかった。そして今では好きではない。

 そんなに差別をする国民だったかしら、日本人は? 差別、まではいかなくとも気に入らない個人をみんなして攻撃する、という体質がそんなにも強い国民性だったか? 明らかに反社会的姿勢だと非難されるべき発言に対して、ではなく、単に個人的な好悪の感情からとしか思えないような攻撃の仕方が目にあまるのだ。最近では大坂なおみ選手の記者会見拒否の宣言に対して、賛否の意見を冷静に述べるのではなく、Black Lives Matterへの彼女の発信を絡めて感情的に攻撃するというものを目にする。また、ワクチン差別というものもあるらしい。コロナが国内へ流入した際には、帰郷した人々に対する攻撃、医療従事者への攻撃など枚挙にいとまがない。確かにコロナ禍で神経がいらだっている人が少なくないという事実もあるだろうが、それにしても、である。陰湿なイジメ問題はコロナ以前から社会問題化していたのは周知の事実だ。昔からイジメはあったが、社会の変化とともにその様相も一変している。今はSNS絡みのいじめは深刻なものがある。海外ではそんなに耳にしないところを見ると日本に特有なものかもしれない。

 外国に住んだ経験のない身としてはあまり一方的、断定的な意見は避けたほうがよいのかもしれない。しかし、明らかに今の日本人はおかしくなってしまっているように思えてならない。