最近読んだ本

 『わたしたちが孤児だったころ』ーノーベル賞作家カズオ・イシグロ氏の小説である。今読了した。原題は『WHEN WE WERE ORPHANS』。幼い頃を上海の租界で過ごしたイギリス人男性の身に降りかかったある事件。過去の記憶をたどりながら物語が紡がれる。舞台は上海だったりロンドンだったり。中国が舞台の小説はあまり読んだことがなく、新鮮であった。物語自体はたいへん面白かった。文章も読みやすかった。もちろん翻訳で読んだのだが、訳の丁寧さがすばらしかった。偉そうに批評するなどおこがましいが、あれっ、と思う表現がなく、心地よく読み進められた。というのも最近の作家の作品で、日本語表現のおかしな(と僕は思っている)ものが多く、そのような表現が出てくるとがっかりして急に興醒めしてしまうのだ。またこのブログでも書くことになると思う。

 主人公のクリストファー・バンクスは10歳で孤児となる。父と母が相次いで失踪する事件の真相を彼が追い求めるのが物語の底流をなす。タイトルの”わたしたちが<WE>”となっている理由が当初わからなかった。読み終えてからわかった(おそっ!)。しかし実は「孤児」そのものがいろいろな意味を含んでいると考えるとこの小説の書かれた意図がまた違って見えてくる。というか深く読み込める気がする。

 カズオ・イシグロ氏の作品を読むのは2作目である。1作目は『わたしを離さないで』を読んだ。もともとこれは日本でドラマ化され、氏がノーベル賞をとった時に「この名前、どこかで聞いたような・・・」と頭の隅に残っており、ほどなく思い出した。そう、ドラマの内容が衝撃的で「こんな話よく思いつくなあ」とテレビのエンドロールに注目し、調べていたのだ。それで覚えていた。実はすごい作家さんだった。(のちにこのドラマにあの三浦春馬が出ていたことを思い出し少なからずショックを受けた。彼の役どころや優れた演技が余計にそのショックを増幅させた)ノーベル賞受賞の報を受け、イシグロ氏の本を初めて手にとることとなった。

 この小説はドラマに比べてその重いテーマを直截的には表現することなく進められていく。自分たちが定められた運命と向き合いながら青春を生きる。焦点はむしろ登場人物たちの青春群像にあり、彼らの運命との対比が痛々しく胸に迫る。

 

 本はわりあいによく読むほうだと思っている。あまり速く読む方ではないので購入しているほどには「読書家」ではないかもしれない。速読に憧れたりもするが、一方でゆっくり読むことを進める方々もおられ、とりあえずは自分のペースで読書を楽しんでいる。読みたい本がたくさんあるので困っている。

 カズオ・イシグロのようなすばらしい作家を知らなかった不明を恥じている。この歳になっても知らないことが山のように出てくる。恥ずかしい、というか、悔しい。そんなすばらしい世界に今まで触れられなかったことが。そして楽しみでもある。これから山ほどの出会いがあるのだから。それは読書の世界に限らない。さらにそれらについて書き記していけることも楽しみである。